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見たくない世界は聞こえないふりで過ごし、言わないふりをして。
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「筋トレ!」
「え、何だって?」「違う!ブートキャンプだっ!!」

ということで、最近久しぶりにブートキャンプをやってみた。
そうそう、あのビリー隊長のブートキャンプです。

いやもう、びっくり。
始まって15分で吐き気を催したもん。
たまーにランニングはしていたけれど、まさか、ねぇ。

で、5分休憩したら落ち着いてきたので、再開。

おお。いけるいける。
そんなわけで調子に乗ってしまった。
「ふぬっ、ふぬっ。」とか意気込んでジャブやら蹴りやらしたり、「くっ・・・・・・。」とか隊長をつい睨みながら曲げた足を維持していたら、予想以上の筋肉痛が。

普通さー、筋肉痛って長くても2日くらいでしょ?
3日経過しても治まってないんですけど。
しかも、筋肉をいくら休ませるにしても、ちょっと3日空けるのはなぁってことで、2日目を再開。

やっぱり、太ももあたりの筋が痛い。
もう蹴りなんて、「ぺにょん。」といわんばかりの優しい蹴りに。
あー、絶対これブートキャンプだとしたら、ペナルティーを受けるだろうなぁ。
ブートキャンプじゃなくて良かったーって、いかんいかん。
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先日、映画「ザ・マジックアワー」を観た。
評判は聞いていたけれど、面白い。

三谷さんの作品では「ラヂオの時間」が一番好きだった。
いや、今も好き。
だけれども、もしかすると今作の方が好きかもしれない。

歯切れの悪い言葉を用いているのは、観たのが遥か昔だから。
小学生だったかの当時に観た映画で抱いた衝撃とを比較するのは、難しい。
ましてや、コメディーなんていうナマモノは時代によって負けてしまう可能性は大いにありうる。

いずれにせよ、思い出し笑いすることができるほど面白い。

そして、三谷さんの作品は、いかに彼の仕掛けに気づけるかの三谷さんとの勝負だと僕は思っている。
彼のたくさんの仕掛けにいかに気づけて、そして笑えるか。
彼の仕掛けに気づけると、勝ち。
しかし、なかなか細かいところまでは気づけなかったりする。
そして、パンフレットは解答用紙のようなものだ。
見ると、実際、気づけていない点もあった。
全勝できなかったけれど、それが不快ではない。
個人的には、パンフレットの購入もお勧めです。

それにしても、パンフレットによって“あの”ペーパーナイフを売っていることを知ったのだけれど、買って“あれ”をやってみたいと思ったのは、きっと僕だけじゃないはずだ。
でも、値段がなぁ・・・・・・と思った人もきっと僕だけじゃないはずだ。

と願いたい。
朝日新聞が法相を「死に神」と風刺した話。

まず、前提として、死刑判決が出た以上、行政の長である法相は法に従って粛々と死刑執行を命じるべきである。
というのが、個人的な立場であって、現在の死刑判決から法を無視するかの如く死刑囚を放置している状態はよろしくないと考えている。
のだけれども。

だからと言って、風刺が許されないとは思えない。

死刑執行の問題は、判決の確定から6ヶ月以内に執行するように法は定めているにもかかわらず、事柄の重大性により、あたかも無視しているような現状にある。
この点につき、評論するなら立場は大きく分けて2つ。
1つは、現在の状態を法の規定通りに変えるべきという立場。
もう1つは、現在の状態に即して法の規定を変えるべきという立場。

朝日新聞が現在の状態、厳密には、現在の法相まで続いていた慣習を重視して、法の規定を変えるべきという意図まで含んでいるとしたら、それは社会的価値のある風刺ではないだろうか。
これが世論の多数と合致するか否かという問題はあるにせよ、合致しないなら尚更に、社会にとって大きな価値があるはずだ。
世論と合致することのみしか許容しない社会は、言論の自由が許されない社会と同視し得る。
それがいかにお粗末な社会であるかは、言うまでもない。

また、遺族も抗議したという。

遺族には、想像し切れないほどの苦しみがあるのだろう。
しかし、死に神という社会風刺が遺族批判に直結するのだろうか。
遺族側の理屈は、論理が飛躍している。
社会の体制への風刺だったはずが、次元を超越して遺族が死に神という設定に受け取られてしまっている。
この理屈でいくならば、現在の法制度の下では、粛々と死刑執行をなすべきだと考えている自分も死に神ということになる。
本当だろうか。

メディアは権力であるから、謙抑的に在らねばならないとは思うものの、論理の飛躍までをも考慮しなければならないというのは、行き過ぎだ。
どうにも、そこに法相を始めとした人たちの精神の貧困さが目について痛々しいので、久々に思想を。
先日、トシに会った。

と言っても、友達ではない。
さらに、会ったというよりも、顔を拝みに行ってみたが正しい。

トシとは、X JAPANのTOSHIのことだ。

なんか、もう、周りは金髪だか茶髪だか黒服だか訳がわからないくらいのオネーチャンがいるのかと思っていたけれども、いたのはほんの一部だけ。YOSHIKIじゃないからかなー。平成も20年経てば変わったってことなのかなー。

彼には、いろいろと訴訟問題もあったけれども、そのことはともかくとして、声量が凄かった。
トークの最中はボソボソと聞き辛い上に、内股だったけれど(悪いのか?笑)、曲に入るとまるで別人。
魂がみなぎっている歌声だった。

プロは凄いなぁ。と実感。

しておきながら、軽く公開。
製作時間1時間ですが、興味関心を抱いてくださる方はどうぞ。
なんというか、雨の日とか夜中とかそっち(どっち?)に合う曲だと思うので、元気いっぱいのお昼には退屈に感じるでしょう。そうでなくても、略。

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風邪はひいていた。
遠いから来なくても良いと言われた。
でも、行かなきゃ。そう思った。

航空券の手配や喪服等の用意、そして風邪の間に荒んでいた部屋の片付けを少し行った。翌朝、空港に向かい、午前中には神戸に着いた。

僕の風邪は、鼻に始まり、鼻に終わることが多い。
神戸空港に着陸すると、鼻水が出そうになった。
きっと、風邪が最終段階に入ったのだろう。熱も下がったか。

と思っていたら、それは鼻血だった。
神戸空港について悪く書いたから、罰が当たったか。


懐かしい顔ぶれだった。
僕は「変わりすぎ」たらしい。
確かに、15年ほど前の写真は自分で見ても自分ではないようで、キツイ顔をしている。いろんなことがしんどかった記憶があって、きっとそれが顔に表れていたのだろう。

遺体は、まるで皮と骨だった。
面影はあるけれども、頭蓋骨に即した顔になっていた。
入院からちょうど1ヶ月後に亡くなった。
最後の2週間は急激に悪化していた。
ちゃんと最後に会話ができ、会えた僕は幸せだったのだろう。
今は、そう思う。

従兄弟は結局、来れなかった。
この国の象徴の行動に関与していたために、動けなかった。
大人とオトナの秩序は悲しい。

最後のお見舞いで、お別れをした後、祖父のお墓へ参った。
枯れ始めていたけれども、きれいな花がたくさん供えられていた。
礼儀も弁えぬ僕は、お墓とお花に水をかけることしかしなかった。
でも、たぶんそれで良かった。
恐らく、入院前に祖母が供えた花だったから。
もしかしたら、そうかなと思っていた程度だったけれども、入院前の話を聞いて確信に変わった。

祖母は伯父と暮らしていた。
家事は祖母がやっていた。
それもあったのだろう。
入院が決まった際、祖母は当日の入院を頑なに断り、帰宅した。
そして、自分は食べられないにも関わらず、2人分の食事を用意し、そして伯父が食べ終えるまで食卓にいた。
祖母にとって、家での最期の食事であり、親子での最期の食事でもあった。
胃がんですい臓が胃に癒着し、体中に転移しまわった身体で、祖母は祖母をやり抜いた。
きっと、お墓に参ったのも、この日だろう。
なかなか参れなくなることがわかって、もしかすると最期となることも考えて、あんなにきれいなたくさんの花をお供えしたのだろう。

祖母は家で4人ほどの葬式をしていた。
時代もあるのかもしれない。
斎場ではなく、家でやっていた。
でも、今回は斎場で行うことになった。
祖母のいない家は、あたかも他人の家であって、物の場所がわからない。
みんな生活を抱えていて、指揮を執る余裕もない。
理想は現実に勝てなかった。

祖母は確かに偉大だった。

祭壇の前で、明け方まで父親と二人で話をする。
昔では考えられないような光景に、きっと、祖母は安心したことだろう。
でも、普段無口な父親は、それもあってか、祖母のことをあんまり知らなかったらしい。
きっと、祖母は笑っていただろう。

葬式は悲しいもの。
みんな泣いていた。

祖母は確かに生きていた。

最後にお見舞いしたとき、お別れの際、祖母の手を握った。
本当は手を握って貰っていたのかもしれない。
話すことも大変な祖母からは考えにくいほどの力で握ってくれていた。
色んな想いがあの手からはあふれていたのだろう。
でも、葬式から数時間後には、その手が見当たらなくなっていた。
他人の男は拾いながら言う。
「これが手の指の骨ですね。」

悲しいのだけれども、作られた悲しさのような、祖母の死への実感がない。
ないけれども、祖母の死によって、関係がわからないほどの親族までが会した。
そして、みんな同窓会のような雰囲気で食事をする。
祖母の話題にならない限りにおいて。

医者は祖母をしっかりと診ていなかった。
それも、「また」だ。
訴えることはしない。
きっと、祖母もそう考えるだろう。
早期発見で長期入院するよりは、マシだったのか。

祖父が亡くなって12年。
パスポート用に撮った写真が遺影になった。
いろいろあった。
きっと、いろいろあった。

僕はまだ祖母の楽しみを握っている。
間に合わなくてごめんなさい。
ごめんなさい。

都合の良い話なのかもしれないけれど、帰りにお骨に手を合わせたら、いつものように方言で「また来るように」と声が聞こえました。
我侭な孫だったとは思うけれども、一緒に過ごせた時間は楽しかったです。

また行くね。
死んでから頻繁に行くなんて変な話だよね。
風邪は治ったみたいだよ。
父親譲りなのか、お酒を飲んだからかな。
それとも。

ありがとう。

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